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第45回「東風(Tong Poo)」の巻

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すっかり遅くなってしまいましたが、令和8(2026)年の1曲目は、YMOの「東風(Tong Poo)」をご紹介します。 この曲は、昭和53(1978)年にリリースされたYMOのファーストアルバム「イエロー・マジック・オーケストラ」に収録された1曲で、東洋風の旋律と電子音の融合で彼らの特徴がよく表現された作品です。作曲は坂本龍一さんで彼の代表曲の一つになっています。後に彼がアカデミー賞を受賞した「ラスト エンペラー」のテーマ曲にも相通じるものがありますね。 それでは、お聞きください。YMOのカバーで「東風(Tong Poo)」です。 この曲には、いくつかバージョンがありますが、今回は昭和54(1979)年にリリースされたUS版に倣ってボーカルを入れてみました。(因みにこのボーカルは自分のNo.1女性ボーカリスト、 吉田美奈子さんが歌っています。) なお、US版では曲名が「Yellow Magic(Tong Poo)」に変更されていますが、曲名は馴染みのある「東風(Tong Poo)」のままにしました。 さて、恒例のお口(耳?)直しですが、今回もご本家の、彼らが広く世に出るきっかけとなったロスアンゼルスのグリークシアターでの公演をご紹介します。 3年前にこのブログで「テクノポリス」と「ライディーン」をご紹介した時には、皆さんご健在でしたが、その後、高橋幸宏さんと坂本龍一さんは鬼籍に入られ、渡辺香津美さんも闘病中で再起は困難な状況です。 時が経つのは仕方のないことですが、やっぱり淋しいですね。 今回も最後までご覧いただき、ありがとうございました。次回は何とかGW前くらいまでには立ち上げたいと思いますので、また覗きに来てください。ではでは。 (よろしかったら、以下をクリックしてください。) にほんブログ村

第44回「異邦人」の巻

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懐か昭和の流行歌特集も7回目となり、今回で一旦終了とさせていただきますが、記念すべき最終回では、久保田早紀さんの「異邦人」をご紹介します。 久保田早紀さんは、昭和33(1958)年、東京都国立市生まれ。昭和53(1978)年、共立女子短大在学中に「ミス・セブンティーンコンテスト」応募のためのデモ曲を送ったことをきっかけにCBSソニーのディレクターに出会い、昭和54(1979)年、短大卒業と同時に三洋電機のタイアップがついて、デビューすることが決まります。 彼女の自作の3曲の中から三洋電機の意向で「白い朝」という曲がデビュー曲として決定しましたが、その曲が使用される三洋電機のCMがアフガニスタンで撮影された映像となることから、「シクラメンのかほり」等の編曲で知られる萩田光雄氏によって、大胆なアレンジが施され、同年10月にタイトルも「異邦人」に変更されてリリースされます。CMの映像にマッチしたオリエンタルな雰囲気の楽曲は大きな話題となり、TBSの「ザ・ベストテン」で3週連続1位を獲得、最終的に140万枚を超える大ヒットとなりした。 前置きが長くなりました。それではお聞きください。久保田早紀さんのカバーで「異邦人」です。 冒頭の歌詞「子供たちが空に向かい両手をひろげ 鳥や雲や夢までもつかもうとしている」は、通学で利用していた中央線の車窓から見えた公園の子供たちの様子を歌ったそうですw 西東京から中東にまで何の違和感もなくぶっ飛んでいった昭和歌謡史を代表する名編曲ですね。 それでは、恒例のお口(耳?)直しですが、前述した三洋電機のCMとご本家の歌を続けてお楽しみください。 また、最近の社会問題を反映して、こんな動画が話題になりました。 45年以上たった今でも、このような替え歌が作られるのは、この曲のインパクトがそれだけ強かったということだと思います。 今回も最後までご覧いただき、ありがとうございました。何とか年内にブログを仕上げることができました。 本年は大変お世話になりました。来年もぼちぼちとブログを更新していきたいと思いますので、変わらぬご愛顧よろしくお願いいたしますm(__)m それでは、皆さん良いお年をお迎えください。 (よろしかったら、以下をクリックしてください。) にほんブログ村

第43回「勝手にシンドバッド」の巻

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懐か昭和の 流行歌特集も早いもので6回目となり、今回はいよいよ真打登場ということで、サザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」をご紹介します。 サザンオールスターズは、青山学院大学のフォークソングサークルのメンバーで結成され、昭和52(1977)年3月、ヤマハ主催の音楽コンテストEast Westで入賞し、ボーカルの桑田佳祐さんがベストボーカル賞を受賞したことをきっかけにプロデビュー。今回ご紹介する「勝手にシンドバッド」は昭和53(1978)年3月にリリースされた彼らの記念すべきデビュー曲となります。 それではお聞きください。桑田さんのボーカルとは、テイストが全然違いますが、まぁまぁの出来になったと思います。サザンオールスターズのカバーで「勝手にシンドバッド」です。 この曲のタイトルは、当時ヒットしていた沢田研二さんの「勝手にしやがれ」とピンクレディーの「渚のシンドバッド」の2つのタイトルから拝借したということは同時代の人たちの間では常識だと思いますが、実はこの話には裏話があって、当時の大人気番組「8時だよ全員集合」で志村けんさんが、この2曲の振り付けを交互に踊って、「これが勝手にシンドバッドだ。」と言っていたのを、たまたま観ていた桑田さんがこの題名を頂戴したというのが真相のようです。(You Tubeで「志村けん 勝手にシンドバッド」と検索するとこのコントが見れますので、ご興味ある方はご覧ください。) それでは、恒例のお口(耳?)ですが、今回はご本家がザ・ベストテンに初登場した時の映像をお送りします。(みんなビックリするほど若いですw) この時の放送は自分も観ていて、歌詞が殆ど聞き取れなかったことを覚えています。(この曲が登場するまでは、日本語の歌詞に字幕は付かなかったのですが、視聴者から「何を歌っているか分からない」という声が殺到したことから、日本語の歌にも字幕がつくようになりましたw) にしても、この放送から半世紀近くたって、このバンドが今でも現役で「国民的バンド」とまで称されるようになるとは、ご本人たちを含め、当時は本当に誰も知る由もなかったですねー。 そして、国民的バンドと称されるようになってからの、自分が記憶する、この曲まつわるエピソードをもう一つ。 平成30(2018)年、平成最後の紅白歌合戦の大トリで、サザンオールスターズと松任谷由美さんが...

第42回「青い珊瑚礁」の巻

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懐か昭和の流行歌特集第5弾は、明菜と来れば次は当然この人、松田聖子さんの「青い珊瑚礁」です。 松田聖子さんは、昭和37(1964)年3月生まれ(自分と同学年です!)、福岡県久留米市出身。高校時代に参加したオーディションのデモテープを聞いたCBSソニーの若松宗男氏に才能を見いだされ、厳格な父親の反対を押し切って、昭和55(1980)年4月にプロデビュー。今回ご紹介する「青い珊瑚礁」は、彼女の2枚目のシングルとして、同年7月にリリースされ、オリコンの最高位は1位に届かず2位止まりではあったものの、彼女の名を世に広めた初期の代表曲で、初回のリリースから41年後の令和3(2021)年には、セルフカバー「青い珊瑚礁 ~Blue Lagoon~」がデジタル配信でリリースされました。 当ブログの第2回でご紹介した「Sweet Memories」以来、大好きな聖子ちゃんを久々にカバーするとあって、いつも以上に気合を入れましたが、オリジナルがあまりに凄すぎて、なかなか納得できる出来にはなりませんでした。なので、あまり期待しないで聞いてやってくださいw 松田聖子さんのカバーで「青い珊瑚礁」です。 如何でしたでしょうか? うちのHARUKAも頑張っているのですが、どうやっても聖子ちゃんの瑞々しくパンチのきいた歌唱にはなりませんでした。 ところで、話は少し外れますが、ボカロで曲を作る際の歌詞入力では違和感は感じないのですが、動画の字幕制作でPCモニターに還暦過ぎのジジイが「あなたが好き!」なんて入力してると、自分でも「何やってんだか」と思ってしまいます(苦笑 というわけで、恒例のお口(耳?)直しですが、今回もこの曲が流行っていた頃のご本人の動画をご紹介します。 自分は今でも聖子ちゃんカットが女子の最強のヘアスタイルだと思ってます。(うちの同居人も出会った頃はこの髪型でしたw) 彼女の登場までは、女性アイドルは謂わば「使い捨て」状態でしたが、彼女の登場以降、所謂女性アイドルとしてデビューした人達のその後のキャリア形成は大きく変化しましたし、また、結婚・出産後も「アイドル」を続ける彼女の生きざまは、一般の女性の方々にも少なからぬ影響を及ぼしたと思います。 過激なプライベート報道や不当なバッシングをも乗り越えてきた彼女でしたが、令和3(2021)年の不幸な出来事は、子供を持つ親として同情を禁じえ...

第41回「スローモーション」の巻

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懐か昭和の流行歌特集第4弾は、 お待たせしました(誰も待ってねーよw)皆さん大好き中森明菜さんの「スローモーション」をお送りします。 中森明菜さんは、昭和40(1965)年7月13日生まれ(全くの偶然ですが、この原稿を書いているちょうど1週間前に還暦を迎えられました。) 昭和56(1981)年7月に日本テレビのオーデション番組「スター誕生」で合格し、プロデビュー。今日ご紹介する「スローモーション」は、昭和57(1982)年5月にリリースされた彼女のデビュー曲となります。この曲のオリコン順位は、最高位が30位ということで、その後の彼女の活躍から見れば、やや不本意なスタートだったかもしれませんが、彼女自身は、次作の出世作となった「少女A」よりは、この曲のほうが好きだったようですし、自分もこの曲は結構好きで、彼女を紹介する時はこの曲にしようと決めていました。 というわけで、お聞きください。中森明菜さんのデビュー曲で「スローモーション」です。 如何でしたでしょうか? 自分としては出来上がりに結構満足していまして、久しぶりの自信作となりました。 これまで40曲以上のカバーをしてきましたが、バンド形態の構成の曲が殆どで所謂「歌謡曲」と呼ばれるような曲のカバーは今回初めてだったんですが、素人の自分でも各パートのアンサンブルが非常に計算されていて、精緻に作られているのが分かりました。今、改めてこの時代の曲が再評価されているのも理解できます。(因みに編曲を手掛けた船山基紀さんという方は、沢田研二さんの「勝手にしやがれ」やWinkの「淋しい熱帯魚」等、手がけた編曲は2700曲以上となる昭和を代表する名編曲家です。) さて、恒例のお口(耳?)直しですが、今回も当時のご本人の動画がありましたので、そちらをご紹介させていただきます。 デビュー当時の映像を中心に編集された動画ですが、初々しくってホント可愛いかったですね。 自分は芸能ゴシップには詳しくないので、彼女の現在に至るまでの事情とかはよく分かりませんが、人気と実力を兼ね備えたこれだけのシンガーがずっと開店休業状態だったのはホント残念です。身近に誰か彼女を支える人がいればよかったのに、・・とつくづく思ってしまいます。 今回も最後までご覧いただき、ありがとうございました。 来月も昭和の流行歌特集を予定していますので、また覗きに来てく...

第40回「みずいろの雨」の巻

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懐か昭和の流行歌特集、第3弾は八神純子さんの「みずいろの雨」をご紹介します。 八神純子さんは、昭和33(1958)年、愛知県生まれ。高校在学中から、ヤマハのポプコンでの入賞などの実績を積み、昭和53(1978)年に「思い出は美しすぎて」でプロデビュー。この曲はそこそこヒットしましたが、その後はヒット曲に恵まれませんでした。歌手生活に行き詰まりを感じ、作家活動への転身を模索していた時期に、岩崎宏美さんへの楽曲提供を意識して制作した曲を自分で歌ってみたところ、大変評判がよく、それならばということで、5枚目のシングルとしてリリースされたのが、今回ご紹介する「みずいろの雨」です。 「みずいろの雨」は、昭和53(1978)年9月にリリースされ、翌10月にTBSのザ・ベストテンの話題曲を紹介する「今週のスポットライト」に出演し、彼女曰く「一夜にして大ブレイクした」と感じるほどの世間の注目を集め、翌11月には9位で初登場し、12月には最高位2位にまで上昇しました。レコードセールスも60万枚を記録し、彼女の最大のヒット曲になりました。 それでは、お聞きください。八神純子さんのカバーで「みずいろの雨」です。 如何でしたでしょうか?今回は、最後の残念なギターソロ(泣 以外は結構オリジナルに寄せられたのではないかと思います。ここ最近は男性ボーカルの曲が多くて、調教に四苦八苦していましたが、女性ボーカルは、調教がしやすく、そこそこ満足できる仕上がりになりますね。 それでは、恒例のお口(耳?)直しですが、今回も若かりし頃のご本家の動画をご紹介します。 ピアノを弾きながら歌う彼女の姿は、当時高校生だった少年の胸にグッとくるものがありましたww 今回も最後までご覧いただき、ありがとうございました。 来月も昭和の流行歌特集を予定していますので、また覗きに来てください。ではでは。 (よろしかったら、以下をクリックしてください。) にほんブログ村

第39回「銃爪(ひきがね)」の巻

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前回に続き、昭和の流行歌特集第2弾は、世良公則&ツイストの「銃爪(ひきがね)」をご紹介します。 世良公則&ツイストは、 昭和52(1977)年に大学卒業・バンド解散の記念に出場したヤマハポピュラーソングコンテスト(通称「ポプコン」)で「あんたのバラード」がグランプリを獲得したのをきっかけにプロデビュー。今回ご紹介する「銃爪」は昭和53(1978)年8月にリリースされた3枚目のシングルで累計販売枚数は94万枚、オリコンでは年間ベストテン第3位、TBS「ザ・ベストテン」では、同年の9月~11月まで10週連続第1位を獲得し、年間ベストテンも第1位となりました。(因みに10週連続1位は、寺尾聡さんの「ルビーの指輪」の12週に続く歴代2位の記録だそうです。) それでは、お聞きください。世良公則&ツイストのカバーで「銃爪」です。 今回は比較的シンプルなロックだったので、そこそこの出来栄えになるかと期待しましたが、ギターは相変わらず下手ですし、そして何よりも、オリジナルのボーカルが圧倒的すぎて、自分のボカロでは全く歯が立ちませんでしたorz(世良さんは学生時代のバンド結成当初はベースを担当していて、それまでのボーカルがイマイチだったので、代わりに歌ってみたのが最初で、それまで自分が歌が上手いとは思ってもいなかったそうです、何と!) 4年ほど前になりますが、NHKの朝ドラ「カムカムエヴリバディ」にジャズ喫茶のマスター役で出演した際には、劇中で進駐軍のパーティで酔った勢いで「On the Sunny Side of the Street」を歌うシーンがあるのですが、これが圧巻で、改めて「世良さん、歌うますぎ」と思った次第です。(このシーンは憶えている人もいるのではないでしょうか。) さて、恒例のお口(耳?)直しですが、今回もそのものズバリ、若かりし頃の世良さんの映像をご紹介します。 何と「カムカム」の世良さんの歌ってるシーンも動画がありましたので、(動画の埋め込みはできませんので) こちら をお楽しみください。 今回も最後までご覧いただき、ありがとうございました。 来月も昭和の流行歌特集を予定していますので、また覗きに来てください。ではでは。 (よろしかったら、以下をクリックしてください。) にほんブログ村

第38回「涙のリクエスト」の巻

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昨年1年間は、ビートルズ(+ローリング ストーンズ)を 特集してきましたが、今年はガラッと趣向を変えて、邦楽の所謂「流行歌」をお送りしたいと思います。 自分がガキの頃は、テレビやラジオにその時々の流行歌(ヒットチャート)を紹介する番組がいくつもあり、中でもTBSの「ザ・ベストテン」は大変な高視聴率番組で、自分も欠かさず観ていました。今年は大好きだったこの番組で記憶に残る歌手(ミュージシャン)の楽曲をご紹介していきたいと思います。 という訳で始まりました昭和の流行歌特集の1回目は、チェッカーズの「涙のリクエスト」をお送りします。 チェッカーズは、昭和58(1983)年デビュー、2枚目のシングル「涙のリクエスト」が大ヒットして、その独特の髪形やファッションも注目されるようになります。 ザ・ベストテンでは、昭和58年の年間ランキング第2位、また、同年5月から6月の4週に渡って、同曲の他に「ギザギザハートの子守歌」と「哀しくてジェラシー」の3曲同時のランクインの快挙を達成します。 それでは、チェッカーズのカバーで「涙のリクエスト」をお聞きください。 この歌の冒頭 「最後のコインに祈りを込めて Midnight DJ  ダイヤル回すあの娘に伝えて まだ好きだよと」ですが、硬貨を入れるダイヤル式の公衆電話も無くなり、ラジオ番組に好きな曲をリクエストするなんてことも知らないでしょうから、今どきの若者には、意味不明の歌詞かと思われますw (因みに、関連情報をネットで漁っていたら、今の若い方は「トランジスタのボリューム上げて」も意味が分からないそうですw) にしても、 「俺の送った銀のロケット、今では違う誰かの写真」って、さすがに、こんなデリカシーのない女性はいないでしょうw それで、 「もしもあいつに振られた時は ダイヤルしろよ 夜中の街をお前を迎えに 駆けて行くから」ってw いや、この娘はやめておいた方がいいかと・・・ww さて、恒例のお口(耳?)直しですが、今回は若かりし頃のご本家のステージをご覧いただきたいと思います。 フミヤさん、若いっすね~。なんかかわいい感じですね。 本日も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。来月も昭和の流行歌特集を続けますので、また覗きに来てください。ではでは。 (よろしかったら、以下をクリックしてください。) にほんブログ村

第37回「氷の世界」の巻

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約1カ月遅れとなりましたが、今年もよろしくお願いいたしますm(__)m 今年最初にご紹介する曲は、井上 陽水さんの「氷の世界」です。この曲は、昭和48(1973)年12月にリリースされた彼の3枚目の同名のアルバム収録曲です。このアルバムは、発売後100週以上に渡ってBEST10を維持し、2年後の昭和50(1975)年8月には、LPレコードとしては、日本の音楽史上初のミリオンセラー( 100万枚)を達成しました。テレビにはほとんど出演せず、先行してシングル発売された収録曲の「心もよう」がヒットしたものの、世間的にはまだまだ無名に近かった歌手が、歴史的なヒットを飛ばしたわけですから、業界的には相当な事件だったと思います。 自分もこのアルバムを厨房の時に購入して、それ以来ずっとお気に入りの1枚です。特にオープニングの「あかずの踏切」からメドレーで続く「はじまり」、そして以前ご紹介した「帰れない二人」、「チエちゃん」を経て今回の「氷の世界」へと続く曲の流れは、ただただ素晴らしく、聞いたことがない方は、You Tube等で是非一度は聞いてみることをお勧めします。 またまた、前置きが長くなりました。今回は結構いい出来になったと自負しています。井上 陽水さんのカバーで「氷の世界」お聞きください。 この曲は、当時ヒットしていたスティービー ワンダーの「迷信」からヒントを得て、クラビィコードと呼ばれる鍵盤楽器で繰り返されるリフが特徴的ですが、自分ではこのあたり結構上手く再現できたと思ってますが、如何でしょうか? このアルバムも音楽ジャンル的には、一応「フォーク」の位置づけですが、僅か5~6年前に「フォークの神様」と呼ばれた岡林 信康さんがギターの弾き語りをしていた処から、日本のポピュラー音楽が急速な変貌を遂げていったことが分かりますね。 さて、恒例の「お口(耳)直し」ですが、今回はご本人の相当若い時代の映像がありましたので、こちらをご紹介します。隣でギターを弾いているのは、日本のトップギタリストの今 剛さんです。最近は仙人のような風貌で福山 雅治さんのバックでギターを弾いているので、ご存じの方もいらっしゃると思います。 陽水さんのボーカルはもちろんですが、今さんのギターもほんとカッコいいですね。 今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。1ヶ月後位には次回作をアップす...

第36回「襟裳岬」の巻

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子供の頃は本当にテレビが好きで、年末年始はずっとテレビを観ていました。その中でも特に大晦日のレコード大賞から紅白歌合戦の流れが大好きで、当時の人気歌手が、レコード大賞の放送が終わるや否や会場の帝国劇場から、紅白歌合戦の会場の渋谷のNHKホールまで、大急ぎで移動して同じ衣装のまま紅白に登場するのを楽しみに観ていました。(彼らの車を白バイが先導して、ルートの青山通りの信号は全て青にしたというのは、都市伝説ではないそうですw) 当時、どの曲(歌手)がレコード大賞を取るかは、国民的な関心事になっていましたが、ちょうど50年前の昭和49(1974)年のレコード大賞受賞曲が今回ご紹介する「襟裳岬」です。 この曲は、森進一さんの所属レコード会社、日本ビクターが「森さんに何か新しいことを」という社内公募を受けて、元ミュージシャンの若手ディレクターが、拓郎さんが以前お酒の席で「森さんに曲を書いてみたい。俺は演歌だって書ける。」と言っていたのを思い出して応募したところ、この案が採用されたそうです。 オファーを受けた拓郎さんは、自身が歌ったデモテープを送って、しばらくして送られてきた試作版をかけて最初に出てきたトランペットの「プァー」を聞いて、自身のデモ版とのあまりの違いにひっくり返ってしまったそうですw(自分も森進一さんの「襟裳岬」を先に聞いて、その後、このブログの第9回で紹介したアルバム「今はまだ人生を語らず」に収録された拓郎さんverを聞きましたが、曲調の余りの違いにビックリしたことを憶えています。) 前置きが大分長くなりました。改めてご紹介します「襟裳岬」拓郎verをお聞きください。 この曲にまつわるエピソードは、もう一つあって、レコード大賞の受賞式では、通常はタキシード等の正装で参列するところですが、この時の拓郎さんの服装はデニムの上下!w 当時の大人たちから相当のひんしゅくを買いました。 (まぁ、時代なんでしょうかねー。一緒にテレビを観ていた母親が「あら、この人ジーパンで出てきたよ!」とびっくりしていましたw) という訳で、恒例のお口(耳?)直しは、レコード大賞受賞時の映像です。 (すぐにバンされると思いますが、・・) もう一つは、拓郎さんのライブ映像です。こちらもお楽しみください。 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。自分にとっては本当にいろいろあった令和6...

第35回「ゲット・バック(Get Back)」の巻

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最近は自分の好きなボクシング中継などは、ネットの動画配信サービスが利用されることが多く、自分が契約していない配信サービスで観たいコンテンツが放送されるときは、契約をするかしないかを悩むことが多くなりました。 そんな自分でも3年前にディズニー・プラスでビートルズの映画「ゲット・バック」が放送された時は、迷わずディズニー・プラスに加入して、3夜連続、計8時間の長編ドキュメンタリーを堪能しました。 この映画は、昭和44(1969)年1月にテレビのドキュメンタリー放送用に収録されていた約60時間のフィルムを編集したもので、最初はビートルズ解散直後の昭和45(1970)年4月に「Let It Be」として劇場公開され、それから約50年振りに再編集されることになりました。当初は上映時間2~3時間の劇場公開が予定されていたようですが、コロナの影響で劇場公開から動画配信に変更されましたが、個人的にはこの8時間の動画配信の方が、メンバーの演奏の様子や人となりがよく分かって、ビートルズ・ファンにはたまならい作品になったと思います。 この1年続けてきたビートルズ特集ですが、今回で一応の最後にしようと思い、最後に相応しい楽曲として、この映画のタイトル「ゲット・バック」に挑戦してみましたが、いつも以上にオリジナルに寄せることが難しく、残念な出来になってしまいました。お耳汚しかもしれませんが、聞いてみてやってください。「ゲット・バック」です。 この曲はオーソドックスなロックンロールで、曲自体はそれ程難しくはないのですが、音作りとかグルーブ感とかが、全然キマらならなくて、苦労しました。 さて、この映画の見どころは、いろいろありますが、自分としては、一つの楽曲(ゲット・バック)について天才(ポール)がギターを抱えて口ずさむところから、バンドとして歴史的な演奏をするまでのプロセスを本当に興味深く楽しむことができました。 それでは、恒例のお口(耳?)直しです。この映画のクライマックス、昭和44(1969)年1月30日、ロンドンのアップル社の屋上で行われた伝説の「ルーフトップ・コンサート」の様子をお楽しみください。 1年続けたビートルズ(and ローリング・ストーンズ)の特集は今回で一応の終了ですが、この2組については、これからも散発的に取り上げたいと思います。(何せまだスコアの在庫がたくさんありますか...

第34回「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス(While my guitar gently weeps)」の巻

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数あるビートルズの楽曲の中で 実は自分の最もお気に入りな曲が、今回ご紹介する「While my guitar gently weeps」です。この曲は、昭和43(1968)年にリリースされた、オリジナルアルバムとしては10枚目となる「ザ・ビートルズ(通称:ホワイト・アルバム)」に収録されています。作詞・作曲はジョージ・ハリスン 。ジョンやポールの存在が余りに大きくて、これまで目立たなかったジョージですが、この頃から才能をメキメキ開花させて、この曲の他にも「Here comes the Sun」や「Something」など、後期のビートルズには欠かせない名曲を残しています。 この曲でリードギターは、ジョージの友人の「神様」こと、エリック・クラプトンが演奏しています。このギタープレイが昔から大好きで、ちょっと聞いた感じではそれほど難しくないように聞こえますが、このオリジナルの雰囲気を出すのはなかなか難しく、改めて修業が必要だと感じた次第です。 それでは、聞いてみてやってください。ジョージ・ハリスンの名曲「While my guitar gently weeps」です。 今回もCopilotを使って画像生成AIでイラストを作画しましたが、大分要領が分かってきて、いい感じのイラストになりました。(でも、あまりに手軽すぎて、モノを作る満足感なんてものは殆どありませんorz) ところで、ジョージ・ハリスンとエリック・クラプトンのお二人ですが、この時期ジョージの奥さんだったパティ・ボイドにクラプトンが横恋慕してしまい、この時の彼女への思いが、彼の代表曲「いとしのレイラ」となったのは余りにも有名な話です。(おそらく史上もっとも有名な三角関係かと思います。)この後、パティ・ボイドはジョージと離婚して、クラプトンと再婚しますが、離婚から再婚まで数年間のブランクがあることや、ジョージとの離婚は彼の宗教(ヒンドゥー教)への傾倒や性格の変化に彼女が付いていけなくなったことが主な原因とのことで、単純な「寝取り・寝取られw」とはちょっと違うようです。 さて、恒例のお口(耳?)直しですが、昭和62(1987)年に行われたロンドンのチャリティコンサートのライブをご紹介します。 この両人以外にも、リンゴ・スターやエルトン・ジョンなど豪華な顔ぶれが揃って華やかなステージを繰り広げています。(にしても、み...

第33回「ア・ディ・イン・ザ・ライフ(A Day in the Life)」の巻

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フォークソングやロックに興味を持ち始めた中学生の頃に購読していた音楽雑誌には、よく「名盤ランキング」といった企画があり、その中で今回ご紹介する「A Day in the Life」が収録された「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」は必ず上位にリストされ、50年以上経った現在でもロックの名盤の代名詞的な地位を確立しています。 以前にもお話ししましたが、当時はネット配信はおろか貸しレコード屋も無かった時代ですから、新しい音楽を聴くためにはレコードを買うか、友達に借りるしかありませんでした。ですから、なけなしのお小遣いでどのアルバムを買うかは中学生の自分にとっては極めて重要な問題で、純真な少年が音楽雑誌の偉いセンセイの言葉を信じてこのアルバムを買って、ワクワクしながら初めて聞きましたが、 当時の正直な感想は「ん?」といった感じでした。 このアルバムは、ペッパー軍曹(Sgt. Pepper)という架空の人物が率いるバンドの公演という一つのテーマ(コンセプト)で制作され、史上初の「コンセプト・アルバム」として評価されています(史上初かは諸説あります)。ただ、収録曲はビートの効いた典型的なロックンロールは少なく、比較的静かなポップスやよく分からないインド音楽などもあり、当時ディープ・パープルが大好物だった自分には、正直物足りない感じがしました。 このようにアルバム全体の印象は微妙でしたが、 アルバムのラストを飾る「A Day in the Life」は別格で、この曲の持つ圧倒的な「凄み」は、中学生の自分にも分かりました。 前置きが長くなってしまい、申し訳ありません。それではお聞きください、ビートルズのカバーで「A Day in the Life」です。 この曲の聞かせどころは、何と言ってもジョンのパートから、ポールのパートに移る際のオーケストラの演奏部分ですが、いろいろ試してみましたが、オリジナルとは大分違う感じになってしまいました。それでも、ジョンのボーカルは結構オリジナルに寄せることができたと思っています。 さて、恒例のお口(耳?)直しですが、今回も素直にご本家のMVをご紹介します。オーケストラの演奏の様子が伺えて、なかなか興味深いです。 改めて聞き比べると、まだまだ修行が足りないことを実感します。 今回も最後までお付き合いい...

第32回「イン・マイ・ライフ(In My Life)」の巻

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今回はまたビートルズに戻って、「In My Life」をご紹介します。この曲は昭和40(1965)年にリリースされた彼らの6枚目のアルバム「ラバー・ソウル(Rubber Soul)」に収録されています。 全くお恥ずかしい話ですが、このブログを書くまで、「ラバー・ソウル」のスペルは、「Lover Soul」で「恋人たちの気持ち」とかなんとか、そんな意味だと勝手に思ってましたが、本当は「Rubber(ゴム製)」で「Rubber Soul」は「Rubber Sole(ゴム製の靴底)」をもじって、前回ご紹介したローリング・ストーンズが、あるブルース奏者に「Plastic Soul(まがいもののソウル(音楽))」と揶揄されたのを聞いて、ポールがPlasticよりも柔らかくて安っぽいイメージのRubber (ゴム製)のSoul(音楽)と名付けたそうです。 この曲の作詞はジョンで、彼が初めて意識して自分の人生について書いた曲だそうです。この曲に限らず、収録された楽曲はそれまでのアルバムから大分変化して、シンプルなロックンロールから、より芸術性の高い音楽を指向しており、このアルバムは彼らの歴史の中で節目のアルバムとして位置づけられています。 前置きが長くなりましたが、観てやってください。The Beatlesのカバーで「In My Life」です。 今回、 自分としては、結構満足のいく出来になりましたが、 如何でしたでしょうか? 動画に使用したイラストは、話題の画像生成AIに挑戦して作ってみました。2枚目と3枚目のイラストはスタイルの指定は「デフォルト」で「コーヒーを飲みながら自宅の窓からロンドンの街を眺めるジョン・レノン」と指示したら出てきました。また、1枚目はスタイルを「アニメ」、4枚目は「ジブリスタジオ」で「リバプールの街を歩く若い頃のジョン・レノン」と指示したイラストです。 (こんなイラストが簡単に、しかも無料で出来てしまうのですから、大変な世の中になりました。還暦ジジイは何とか世の中について行ってますw) さて、恒例のお口(耳?)直しですが、今回も素直に本家のオフィシャル ビデオをご紹介します。お楽しみください。 今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。次回もビートルズの曲をUPする予定ですので、また是非覗きにきてください。ではでは。 (よろしかったら、...

第31回「サティスファクション」の巻

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3回続けてビートルズをお送りしたので、今回は英国を代表するもう一つののロックバンド、The Rolling Stonesをご紹介します。 The Rolling Stonesは、昭和37(1962)年にロンドンでMick Jagger、Keith Richard、Brian Jonesらによって結成され、その後、Brian Jonesの脱退(直後に自宅プールで事故死されています。合掌)等、幾多のメンバーチェンジを経ながらも、現在まで1度も解散することなく、第一線で活動を続けるロック界のレジェンド・バンドです。 今回ご紹介する「サティスファクション」は、昭和40(1965)年にリリースされた彼らの7枚目のシングルで初の全米1位を獲得。全世界で500万枚を超える売り上げを記録し、世界的な人気を獲得する契機となった曲です。 前振りはこれくらいにして、聞いてみてやってください。The Rolling Stonesのカバーで「(I can't get no) Satisufaction」です。 これまでギターの音がなかなかイメージ通りの音色にならなくて、自分でもイマイチと感じることが多かったのですが、今回は結構原曲に寄せることが出来て、まぁまぁ満足できる仕上がりになりました。 一方で、歌詞のキモの「satisfaction」の部分ですが、音節と符割の調整がなかなか難しく、微妙な感じになってしましました。英語は日本語と比べて子音と母音の繋がりが非常に複雑なので、ボカロの調教は本当に大変です。(この辺はもっと精進しないといけないところです。) さて、恒例のお口(耳)直しですが、今回はご本家のライブを2本ご紹介します。 1本目は、昭和40(1965)年のライブ映像で、前述したこの後、薬物の過剰接種等を理由に脱退する(解雇される)Brian Jonesの元気な様子も見ることができます。 もう1本は、2013年のライブ映像です。 この時、Mick Jagger、Keith Richardはお二人とも御年70歳! 昭和の御代では薬物の不法所持で逮捕されたこともあり、The Rolling Stonesといえば退廃と薬物のイメージでしたが、平成・令和の御代では長寿で健康的なイメージになっていましたw(80歳になった昨年、18年振りの最新アルバムを発表して、2024年6月現在、元気に...

第30回「涙の乗車券」の巻

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節目の30回も前回に引き続きビートルズのカバーで「涙の乗車券(Ticket to ride)をお送りします。 この曲は、英国では昭和40(1965)年4月に9枚目のシングルとしてリリースされ、当然のようにチャート1位を獲得、また、5枚目のアオリジナル・アルバム「HELP」にも収録されています。ビートルズがコンサートツアーで世界中を飛び回り、人気絶頂だった頃の代表曲の一つです。 それでは、聞いてみてやってください、ビートルズのカバーで「涙の乗車券」です。 この曲の原題「Ticket to ride(乗車券)」に対して、邦題では「涙の」が付いています。英語が拙い自分でも、乗車券を買ったのは彼女だということは分かりましたが、これまで涙を流したのは、彼女の方だとばっかり思っていました。しかし、今回動画作成で訳詞を記載してビックリ! 涙を流したのは彼氏の方だったんですねー。(皆さん、知ってましたか?) さて、今回もお口(耳)直しは、ご本家の動画をご紹介します。お楽しみください。 この曲でリンゴは、両手で同時にドラムを叩く、とても珍しいドラミングをしています。自分のカバーでも、ここは頑張ってコピーしてみましたので、その辺を注意して聞いてもらえたら、ちょっと嬉しいです。 今回、数あるビートルズのヒット曲の中でこの曲を選んだ理由は、実は以下の動画をご紹介したかったからなんです。 第12回に登場したカーペンターズは、昭和44(1969)年にこの曲のカバーでデビューしました。何はともあれ、観てやってください。カーペンターズの「涙の乗車券」です。 ビートルズは、あまたのミュージシャンがカバーをしていますが、本家を超えるカバーはそうはありません。でも、個人的には、これは本家を超えていると思います。 因みに、こんな人たちもカバーしています。以下のリンク先を是非ご覧ください。(自分も今まで知りませんでした。ブログを書くためにいろいろ調べると新しい発見がありますw) (37) 涙の乗車券 CANDIES FINAL CARNIVAL - YouTube 今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。次回はビートルズが3作続いたので、ちょっとだけビートルズを離れようと思います。ご期待ください。(誰がだ!) (よろしかったら、以下をクリックしてください。) にほんブログ村

第29回「Twist & Shout」の巻

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自分がビートルズを聞き始めた半世紀前(!)には、ネット配信はもちろんのこと、貸しレコード屋も無く、好きな音楽を聴くには、レコードを買うか友達から借りるしかありませんでした。ですから、この時代に親に買ってもらったビートルズのベストアルバム(通称「赤盤・青盤」)は、おそらく自分の生涯で最も聞いたアルバムではないかと思います。 昨年11月にこの赤盤・青盤が半世紀ぶりに復刻されましたが、前回ご紹介した「I saw her standing there」と今回紹介する「Twist & Shout」は、復刻版のリリースに合わせて追加された楽曲です。 今回の復刻版では、新たな楽曲が追加されただけではなく、最新のAI技術を使って、音が格段に良くなっています。特に初期の録音は、ボーカル用と演奏用のたった2本のマイクで録音されたので、各楽器の音は混然一体となっていましたが、最新技術によって各パートの音が分離されて、はっきり聞こえるようになりました。(ある方がネットで説明していましたが、ホットココアをお湯に溶かす前のココアと砂糖の粉末に戻すようなものと言ってました。) 前置きが長くなってスイマセン。お耳汚しとなることは重々承知していますが、よろしかったら聞いてやってください。「Twist & Shout」です。 この曲は元々、ファーストアルバム「Please Please Me」のラストに収録されていますが、全14曲の内、先に発売されたシングル盤4曲を除く10曲を1日で録音するという過酷なスケジュール下、最後に収録されたのがこの曲で、ジョンの喉が限界を迎える中、復刻版ではリアルなジョンの魂のシャウトを聞くことができす。(この曲を歌い終えた後、ジョンはしばらく声が出なかったそうです。)是非お楽しみください。 ビートルズ・ファンは大きくジョン派とポール派に分かれ、自分はこれまで圧倒的にポール推しでしたが、最近、彼等の初期のライブを改めて観るようになって、「この時代のジョンもいいなー」と思うようになりました。 最後にこの人のカバーもご紹介します。タイトルは「ひねってワォ!」ですw 今回も最後まで見てくれて、ありがとうございました。次回もビートルズナンバーを予定していますので、また、覗きに来てください。ではでは。 (よろしかったら、以下をクリックしてください。) にほんブログ村

第28回 「I saw her standing there」の巻

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1カ月遅れになってしまいましが、今年もよろしくお願いいたしますm(__)m ちょっと前になりますが、昨年11月にビートルズの最後の新曲「Now and Then」が発売され、また、1973年にリリースされたベスト盤(通称、赤盤・青盤)がデジタル・リマスターで再発売されて、久しぶりにビートルズが世間の話題となりました。 実は3年ほど前にリタイア後の楽しみとして、ボカロに歌わせようと、ビートルズのバンドスコア本を買いましたが、収録曲数はなんと60曲!(w) これから一生かかってもカバーしきれない程の在庫を抱えて、どうしたものかと考えていたのですが、これらの曲をカバーするのは、ビートルズが話題となったこのタイミングしかないと思い、今年はビートルズを中心に60~70年代のBritish Rockを特集することにしました!!(せいぜい、頑張れよ) 特集の1曲目は、やっぱりこの曲「I saw her standing there」をご紹介したいと思います。この曲は、英国で昭和38(1963)年3月にリリースされたビートルズの1 st アルバムの「Please Please Me」の1曲目に収録されています。冒頭のポールの"One Two Three Four”のカウントは、「世界を変えた4カウント」と言われており、個人的には、1st シングルは、「Love me do」ではなくて、こっちの方が断然よかったんじゃないかと思いますが、皆さん、どう思いますか? さて、今回のカバーですが、元々のポールのボーカルのイメージが強すぎて、何をどうやっても「イマイチ」感が拭えず、なんとも微妙な仕上がりになってしまいましたが、どうかお付き合いください。 今回もいつものピアプロから、とりねこさま、afterさまの素敵なイラストを利用させていただきました。ありがとうございました。 この当時、洋楽の多くには邦題が付けられていました。(中には、「A Hard Day's Night(ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!)」なんて、原題の原型をとどめないぶっ飛んだものもあって、これはこれで楽しいですね。) 今回の曲は、原題のカタカナ表記しか見たことがなかったので、邦題を付けるとしたら、どんな感じになるかなーなんて考えながら、ネットでこのブログのネタを探していたら、この曲の邦題があった...

第27回「クリスマス・イブ」の巻

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さすがに楽曲制作や動画編集にもだいぶ慣れてきて、クリスマス・シーズンに余裕で間に合いました! というわけで、前回ご案内しましたように、今回は山下達郎さんの不朽の名作「クリスマス・イブ」をご紹介します。 この曲は、山下達郎さんの昭和58(1983)年にリリースされた7枚目のアルバム「MELODIES」に収録され、同年12月にシングルが発売されましたが、その時はオリコンチャートで44位が最高位でした。しかし、昭和61〈1986)年にシングルが再発売され、昭和63(1988)年にJR東海のCMソングに起用されると、徐々に売り上げを伸ばし、平成元(1989)年12月には、オリコンチャート1位を獲得します。発売から1位を獲得するまでの期間、6年6カ月は当時の最長記録だったそうです。 そして、シングル再発売以降、毎年クリスマスの時期が近づくとオリコンチャートにランクインするようになり、令和4(2022)年まで37年連続のチャートインを達成して、これはギネス世界記録を更新中です。今年は、平成25(2013)年の30周年に続き、40周年記念としてアナログレコードがリリースされ、今年も38年連続のチャートインが確実視されています。 この曲の最大の特徴は、何と言っても曲の途中のカノン風の荘厳なコーラスにありますが、これは達郎さんがお一人で8時間かけて収録したそうです。この曲の制作にあたって、これまでであれば、このコーラスをMEIKO一人に歌わせなければいけませんでしたが、前々回にご報告しましたように、今は新たに8人のボーカロイドが加わりましたので、パート毎に別のボーカルを起用して、それなりのコーラスに仕上がりました。 また、この曲独特の空気感も、音楽制作ソフトが備えているリバーブ(所謂エコーのような音響効果)等の機能を駆使して、オリジナルの雰囲気に近づけることができました。 自分的には、これまで制作した楽曲の中で最も満足度の高い仕上がりになりましたので、是非聞いてやってください。 山下達郎さんのカバーで「クリスマス・イブ」です。 今回もいつものピアプロから、陽名さま、KONPASUさま、カラコロさまの素敵なイラストを利用させていただきました。ありがとうございました。 さて、恒例のお口(耳?)直しですが、今回はやっぱり、この曲がヒットするきっかけとなったJR東海のCM集をご紹介します。 ...

第26回「さよなら」の巻

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(よその国のことはよく知らないので、比較はできませんが、)日本のポピュラーソングは、季節感がある歌が非常に多いのが特徴ですね。その背景には、よく言われるように、日本には四季があり、季節ごとに気候の変化がはっきりしていることと、昭和の時代、ポピュラー歌手のメインの仕事は、シングルレコードの売り上げを伸ばすことにありましたから、3~4カ月毎にリリースされる楽曲は必然的に季節感がある歌が多くなったんだと思います。 このように季節感のある楽曲を多くカバーしていますので、閲覧数が100にも満たないブログですが、自分もそれなりにリリースする曲の季節感は意識しています。今回ご紹介するこの曲も実は昨年秋の配信を予定していたのですが、作業が遅れて年が明けてしまったので、1年待って動画をUPすることにしました。 オフコースは、ボーカルの小田和正さんを中心に結成され、昭和45(1970)年にデビュー。小田さんは神奈川の名門、聖光学院から東北大学建築学科に進んだ秀才でしたが、建築家の道を捨てて、音楽の道を選択します。バンド名のオフコースの英語表記は、"Of Course"(=もちろん)ではなく、"Off Course”(=道を 外れる)となっているのは、そんな彼の決意を表しています。 今回ご紹介する「さよなら」は、昭和54(1979)年、17枚目のシングルとしてリリースされ、オリコンチャート2位にランクインして、彼ら最大のヒット曲となり、デビューから苦節10年、ようやく人気バンドとしての地位を確立することになりました。(このブログを書くまで、彼らがこの曲の前に16枚もシングルを出していたとは知りませんでした。苦労したんですね。) 前置きが大分長くなってしましました。昨年秋の制作ということで、いつものMEIKOが歌います。「さよなら」お聞きください。 如何でしたでしょうか?今回もいつものピアプロから、日灯止さま、茶入敬文さま、夕穂道さまの素敵なイラストを利用させていただきました。ありがとうございました。 今回の配信に当たって、聞き直したところギターソロがどうにも気に入らなかったので、その部分だけ録り直したんですが、前の録音も消去しないで、小さな音で再生することでユニゾンの効果を狙ってみましたが、何だか微妙な仕上がりになってしまいました。(苦笑) 話は変わって、今...